慈悲の経済学C〜共感と慈悲との違い

共感力のベースとなるミラーニューロンの発見

 人間を含めて哺乳類には、共感力があると述べた。けれども、この共感力がどのようにして生じるのかが解明されたのは意外に新しく、1990年に入ってからのことだ。ことは、1匹のサルから発見された神経細胞「ミラーニューロン」がその皮切りとなった。

Giacomo Rizzolatti.jpg イタリアにあるパルマ大学の神経科学者、ジャコーモ・リッツォラッティ(Giacomo Rizzolatti,1937年〜)博士の研究室では、運動に関わる神経を調べるため、マカクザルの頭蓋骨に穴を開けて、脳の運動を司る、下前頭皮質(premotor cortex)に電極を付けて実験を行っていた(3)

 premotor-cortex(下前頭皮質).gifサルがブドウを拾うときには、数百万ものニューロンが動いて電極が反応した。けれども、サルに対して実験を始める前に、偶然に科学者が一粒のブドウをつまみあげると、サルの脳内に電気信号が走って電極が検知した。機械の技術的な誤動作だと考えた科学者は再び同じことをやってみた。するとやはり同じ反応が起きた。このことは、ある操作を実行する時に発火するニューロンが、その出来事が実行されることをただ目にするだけでも発火することを意味している。実際には行動をしていないのに、ブドウを拾い上げる研究員の姿を目にしたサルは、ただ目で見ているだけで、同じ行動を脳内で追体験していたことになる(3)

Parietal-lobe(下頭頂皮質).gif この反応を示した神経細胞は、鏡のように同じ行動をとることから「ミラーニューロン(mirror neuron)」と名付けられ、ジャコーモ博士のチームはその研究に本格的に乗り出すことになる。そして、下前頭皮質と下頭頂皮質(Parietal lobe)にミラーニューロンが存在していることを解明する。

 さらに、その後の研究から、ある行動を眼にすると、こうした行動を行うために使われるプレモーター・ニューロン・グループ(pre-motor neurons)が脳内で発火することがわかってきた。すなわち、ミラーニューロンには、観察した行動を脳内でシミュレーションし、それによって他人の行動を模倣することで学ぶ作用があることがわかってきた。しかも、ミラーニューロンは行動だけでなく感情にも影響を及ぼす。他人の悲しみや喜びを自分のように感じる共感能力もミラーニューロンは持ち合わせていた(8)

他人の痛みを目にするだけで脳内の痛み領域が活動する

 Tanja-Singer.jpgこのミラー反応プロセス(mirroring processes)が、「共感」を理解するが鍵となる。タニア・シンガー教授はそう考えた。

「共感」にはミラー反応と類似した特長がある。例えば、他者が苦しんでいるのを目にするとき、なぜか、人は自分も苦しみを感じる。それでは、脳は他者の苦しみをどのように処理しているのだろうか(3)。シンガー教授は、自分自身が痛みの刺激を経験したり、別の人が痛みの刺激を受けているのを観察しながら、被験者の脳活動を機能的磁気共鳴診断装置(fMRI=functional magnetic resonance imaging)で測定する方法を考え出す(3,5p273,6)

 当時、ロンドン大学の神経研究所にいたシンガー教授は、16組のカップルを被験者として集め、それぞれの腕に電極を取り付けた(9)

「カップルたちに研究所に来るように依頼し、女性の脳をスキャンすると、隣に座るパートナーの苦しみに感情移入していたのです」(3)

タニア.jpg 図をみていただきたい。電気刺激を受けると身体的な痛みを感じる脳領域(脳の外側)と精神・感情的な痛みを感じる領域(脳の内側)の2カ所が反応するが(左図)、その次に、パートナーに電気刺激を与えてみると、やはり、精神・感情的な痛みを感じる領域で脳が活発に活動していることがわかる(右図)。つまり、恋人の痛みを自分の精神的・感情的な痛みとして感情移入をすることによって感じていることが示されたのである(3,6,9)

 この「痛みの共感実験」では、自分が痛みを経験しているときも、痛みを経験している他人の姿を観察するときも、前部島皮質(AI= anterior insula)と前部帯状皮質(aMCC=anterior medial cingulate cortex)がいずれも活動した(5p273)

15-2.jpg 2004年のシンガー教授の画期的な論文で、「共感現象」と関連する神経が発見されて以来(3,6)、世界各地の様々な研究所で数多く共感の研究が実施されてきた。そして、相手が自分が愛する人であれ、まったくなじみのない人であれ、相手とは無関係に、苦痛に共感すると、前部島皮質(AI)と前部帯状皮質(aMCC)とが一貫して活性化することがわかってきた。図をご覧いただきたい。これは、9種類の研究結果をまとめて分析したものだが、他者の苦しみに感情移入すると、前部島皮質(AI)、前部帯状皮質(aMCC)、下前頭回((IFG= inferior frontal gyrus)が活性化することがわかる(5p274)

 さらに、シンガー教授が見出したのは、感情と関連した神経のネットワークのうち、共感が苦痛と関連する部分だけでなく、感情的な経験をも作動させることだった(3)。人は、前部島皮質(AI)と前部帯状皮質(aMCC)とが活性化しているときには、不快感を感じる。このことから、自分が経験した感情をベースにニューロンが活動して、他者とも感情が共有されていることがわかる(5p274)

利己主義から利他主義への世界観変化の最初の第一歩

 シンガー教授自身は、2004年の論文が産み出した最大の成果は、認知神経科学の分野に「共感の研究」が導入されたことだと語る。

「日本、インド、ヨーロッパ、米国と世界中で、こうした研究が実施されていきます。こうした研究から、他者が感じていることを理解するために、私たちは自分の感情経験を処理する皮質を用いていることが確認されるのです」(3)

 そして、こう続ける。

「この共感の研究からは、私たちが自分で思っている以上に他者とつながっていることがわかります。私たちは絶えず他者と感情的に交流しています。これは経済モデルにも意味を持ち、伝統的な経済モデルのいくつかの基本想定に疑問を投げかけるのです。この研究が、誇張されすぎた利己心や個人主義から、利他主義や相互依存へと動く、大きな最初の変化であったと思うのです」(3)

 それでは、シンガー教授は、なぜ、このような斬新な発想を持てたのだろうか。それには、自分が育った環境が大きいと教授は語る。シンガー教授は、父親が神経生理学の科学者であったために幼少期から脳科学と接していたことに加え、双子であったことから、他人の感情を理解することに関心を抱いていたと語る(3)

「そう、私は一卵性双生児として生れたため、『私』 というよりも『私たち』として誕生したのです」(3)

共感と慈悲とでは活性化する脳領域が異なる

Matthieu-Ricard3.jpg チューリッヒ大学に移ったシンガー教授が、次に関心を持って着手したのは、社会的な感情に対して可塑性(plasticity of social emotions)があるのかどうか。すなわち、瞑想の修行を通じて「共感力」を育むことが可能かどうかだった(5p274)。幸いなことに、シンガー教授は、ロンドンにある画像処理神経科学部門(Wellcome Department of Imaging Neuroscience)で、 フランス出身のチベット僧、マチウ・リカール(Matthieu Ricard,1946年〜)博士と出会う(5p273,5p274)。さらに、この研究に乗り出した頃、「機能的磁気共鳴画像法(fMRI)」によって、被験者の意識状態に応じて脳活動の変化をオンラインで視覚化できるようになっていた(5p274)

 そこで、シンガー教授らは、リカール博士に対して、@愛する人への慈悲(loving-kindness)、A苦しむ人への慈悲(compassion for the suffering of others)、B対象のない慈悲(nonreferential compassion)と様々な「慈悲の瞑想」の状態に入ってもらうよう依頼した。そして、「機能的磁気共鳴画像法(fMRI)」で確認したところ、いずれの「慈悲の瞑想」も同様の神経ネットワークを活性化させることがわかった。けれども、そのネットワークは、苦痛に対して共感する脳神経ネットワークとは似ても似つかいものだった(5p275)

 この結果は予想外のものだった。そして、そこで検査終了後に確認するとリカール博士は「苦痛を共感するとネガティブで悲しい状態になるが、慈悲では、暖かでポジティブな状態となり、向社会的な動機づけも抱ける」と語った(5p275)

共感には人をバーンアウトさせるリスクがある

 他者の苦しみに共感することは、他者に対する情け深さや慈悲心を育むこととはまったく異なるのかもしれない。シンガー教授のこの直観を確かめるため、再びリカール博士が協力した。

リカール博士は「慈悲の瞑想をせずに、ただ他者の苦しみを感情的に共有することだけをしてほしい」と頼まれた。この結果、見出されたのは、これまで何度も目にされてきた苦痛の共感ネットワークの発動だった(5p278)

「利他的な慈悲ではなく、ただ純粋な共感状態に入るように頼まれたことから、ルーマニアの孤児院の子どもたちの苦しみに感情移入することに決めました。前の晩に、すっかり無視された孤児たちをBBCのドキュメンタリーで見ていたからです。

毎日食事を与えられているにもかかわらず、まったく痩せ衰えて感情的にも捨て子状態でした。多くの子どもたちが何時間も前後に揺れ、健康状態もまったく酷い状態で、この孤児院では死が日常的でした。

 そして、共感を念じて、できるだけ鮮明にこうした孤児たちの苦しみを視覚化したのです。この苦しみ共感するとすぐさま耐え難くなり、バーンアウトするのと同時に感情的に疲れ切りました」

 リカール博士が「非常に嫌悪すべき経験だ」と伝えるように、他者の苦しみへの共感は、強力なネガティブ感情である。そして、医師や看護師たちのようにケア業務に従事する人たちは、日々、他者の苦しみに直面している。そのため、それが、繰り返されれば、バーンアウトするリスクがきわめて高い。

 しかも、悲しみや苦しみの経験は、病院や老人ホームに限られない。誰もが、いまこの瞬間にも病気で苦しむ親戚や親しい友人のことを思い浮かべられる。これは、誰もが、仕事先や私生活で、他者の苦しみに強く共鳴することによってまいってしまう可能性があること意味している(5p279)

共感能力は恐怖心によってブロックされる

 共感は慈悲と混同されることが多いが(4)、リカール博士の主観的な体験から共感と慈悲とがまったく異なる感情をもたらすことが明らかになってきた(5p273,5p284)

 研究者たちは、「共感」を他者の感情を本能的、感傷的に経験することがだと定義する。悲しむ友人に同情して涙を流すように、それは、ある意味では、他者の感情の自動的なミラーリングである(4)。つまり、共感とは自己と他者とを区別することを前提とした自動的な反応といえる(1p262,1p263)。そして、人間は、恐怖心と共感との結合を意識的に断ち切る方法を知らない(1p265)。そのため、他者の苦しみへの共感は、恐怖へと結び付く(1p263)。共感にかかわる「島皮質」と恐怖にかかわる「扁桃体」とには強い神経的な結びつきがあることから、このことは脳の解剖学的構造からも推測できる(1p263)
Anterior-cingulate-gyrus(前部帯状皮質).gifAmygdala.gif
 人は、皮膚をつねられたり、タバコの火を手に押し付けられれば、前部帯状皮質が活性化することで痛みを感じるが、他者が苦しむのを目にするときにも、まさに同じ皮質が活性化する。まさに自分自身で体験するように他者の苦みに対しても同じ反応を持つ。このとき、私たちは他者と「感情移入」によってつながっていることになる。けれども、苦しんだり悩んだりする姿を目にするときに発火するのは、前部帯状皮質(左側イメージ)だけではない。脅威を検出する扁桃体(amygdala・右側イメージ)も活性化してしまう。このことから、その苦しみが我が身にも及ぶのではないかと悩むことはまったく驚くべきことではない(2)

 アイオワ大学医学部精神科医のアントニオ・ダマシオ(Antonio Damasio,1944年〜)博士の「情動理論」をさらに発展させることで、シンガー教授らは、「島皮質」の二重機能モデルを産み出した。すなわち、他者の苦しみに対する共感と、慈悲とは同列ではないのである(1p262)

Tetsu-Nagasawa.jpg 京都文教大学の長沢哲准教授は、共感によって味わう苦しみを排除するために、人は他者を視野から追い出して、自分のまわりに高い壁を作って他者を援助することを断念しようとすると指摘する(1p263,1p265)。そして、市場が作り出す享楽を消費することで気を紛らわそうとする(1p265)。この心理作用は意識的にコントロールすることができない(1p262)

慈悲では自分が悩まずに他者の苦に共感できる

 けれども、リカール博士は、この苦みを克服するうえで、慈悲が役立つことも明らかにした。

「1時間ほど共感した後に、慈悲の瞑想に従事するか、スキャンを終えるかの選択権を与えられました。ほとんど躊躇なく、慈悲の瞑想をしながらスキャンをし続けることに合意しました。なぜなら、共感の後で、干上がったように感じていたからです。その後に、慈悲の瞑想に従事すると私のメンタルな風景はまったく変わりました。苦しむ子どもたちへのイメージは、以前と同じほど鮮明でしたが、それはもはや悩みを引き起こしませんでした。そのかわりに、こうした子どもたちへの限りない愛情を、そして、子どもたちに近づいて慰める勇気を自然に感じたのです。そのうえ、私と子どもたちの距離は完全に消えていました。これが、私たちが共感の悩みやバーンアウト対策としての慈悲の巨大な可能性を理解した時だったのです」(5p279)

慈悲の瞑想をすると迷走神経が活性化し暖かさを感じる

Olga-KlimeckiS.jpg 共感と異なり、慈悲では、本当にネガティブな恐怖感情を回避できるのだろうか。オルガ・クリメッキ(Olga Klimecki)博士らは、苦しむ人々の状況を描いたビデオ(高感情、HE= high emotion)と普通の日常生活の状況を描いた短いドキュメンタリー・ビデオ(低感情、LE= low emotion)を見てもらい、その感情を報告してもらうとともに、被験者の脳反応を測定してみた(5p282,5p283)

 被験者たちは、共感グループ、記憶グループ、慈悲グループのどれかひとつを割り当てられ、慈悲グループは、慈悲の瞑想トレーニングを一日だけ受け、対照群は、特定の場所と言葉を結び付け言葉の連鎖で記憶力を高めるスキル、場の方法(Method of Loci)を中心とした記憶のトレーニングを一日だけ受けた(5p282)

 その結果は明らかだった。苦しむ人々のビデオを見ると、ネガティブ感情のレベルが高まり、ポジティブ感情が極低レベルとなった。同時に、苦しみへの共感反応によって、前部島皮質(AI)や前部帯状皮質(aMCC)が活性化した(5p282,5p283)。しかも、苦しみ悩む人たちに対してだけではなく、ノーマルな日常生活の状況にある人々に対してさえ、それに呼応して、ネガティブ感情が増えてしまった。これは、共感が憂えるべき経験であって、バーンアウトのリスク要因となることを示唆している(5p284)

 これに対して、慈悲の修行を受けたグループでは、これとはまったく違う脳領域、母親の愛情やロマンチックな愛情と同様に(5p283)、ポジティブ感情や所属感(affiliation)、愛情、報酬(reward)と関連した脳領域が活性化した(5p283,5p284)

 そして、記憶の訓練グループ(青)に対して、慈悲の訓練(赤)を受けたグループからは、「暖かさを感じる」「幸せ感が生れる」というポジティブな感情の報告が増え、他者の苦しみをより幅広く感じられるようになったことが明らかになった(5p282,5p283)

 kouki-Arimitsu.jpg駒沢大学で慈悲を研究する有光興記教授は、慈悲の瞑想を7週間ほど行うと、思いやりの神経とも呼ばれる「迷走神経(vagus nerve)」が活発化し、胸が暖かく広がる感覚が生じて、同時に恐怖心や不安感が減少していくと指摘する(7p195)

Antoine Lutz.jpg 迷走(Vagus)とは「ワンダリング」を意味するラテン語で、まさに身体の中をさまようことからこう命名された自律神経系だが、人間の神経系の中でも、最も身体と心とが結びついた神経のひとつである。例えば、呼吸や心臓の鼓動を調整しているのは、「迷走神経」だが、深呼吸をすれば心臓の鼓動はスローダウンしていくのはそのためである(2)。ウィスコンシン・マディソン大学のアントワーヌ・ルッツ(Antoine Lutz)博士が、リカール博士を被験者に行う研究プロジェクトで明らかになったひとつも「慈悲の瞑想」では「島皮質」が大きく活性化され、この島皮質の活性化は、心臓迷走神経反射(heart rate responses)と関連し、熟練者ほど強いことである(5p275)

慈悲深い人は迷走神経の活動が大きくプライドが高い人は活動が低く排他的

Dacher-Keltner.jpg カリフォルニア大学バークレー校のダッチャー・ケルトナー(Dacher Keltner)社会・相互作用研究所長は、苦しみ悩む人々の写真を被験者に見せる実験から、こうしたイメージによって迷走神経が活性化することを見出した。祖父が他界したといった悲しい経験を話すと、その話を聴いた人の迷走神経が発火することも見出した。そして、慈悲を多く感じるほど迷走神経の反応もより強いのである。

 一方、カリフォルニア大学バークリー校の象徴であるセイザー門(Berkeley’s Sather Gate)のように学生たちのプライドを誘起するイメージを見せることで、学生たちがプライドを刺激すると、プライドを感じるほど、迷走神経の反応が弱くなることも見出した。

 これは、驚くべき結果である。すなわち、迷走神経反応が強いほど、異なる数多くのグループと同じ人間であると感じ、逆に他者ではなく「我々の集団」に対する強力なアイデンテティを感じるほど迷走神経の反応は弱まるのである(2)

迷走神経反応が強い人は利他的である

 ケルトナー所長は、本当に強力な迷走神経を持つ人々も見出し、彼らを「迷走神経のスーパースター」と呼ぶ。さらに、所長は、こうした人々の日々の感情がポジティブで、周囲の人々との人間関係も良く、社会的な支援のネットワークを手にしていることも見出す。それは、子どもで言えば、他の子どもがいじめられているときには仲裁に入り、宿題の手助けを求められれば、自分の自由時間を犠牲にしても他の子どもの支援に回るような子どもなのである(2)

慈悲の瞑想では幸せを感じつつ他者の苦しみを思いやることが可能だ

 図をみていただきたい。オルガ・クリメッキ博士の研究のパネルの神経活動の変化を見れば、他者の苦しみのビデオに対して、(A)右の眼窩前頭皮質(mOFC= medial orbitofrontal cortex)、(B)右の腹側被蓋野(VTA= ventral tegmental area)/黒質(SN=substantia nigra)、(C)右の淡蒼球(pallidum)、(D)右側の被殻(putamen)が活性化していることがわかる(5p283,5p284)

 共感は慈悲と同じようなものとして捉えられがちだが、その脳内神経系がまったく異なるネットワークに依存する(5p273)。共感が悩みをもたらし、バーンアウトにつながるリスクがある一方で、慈悲はレジリアンスを強化することでこれを克服し(5p273,5p284)、向社会的な行動、所属感、愛といったポジティブな感情と関連する神経活動を強化する(5p284)
Precuneus(楔前部).gifInferior-frontal-gyrus(下前頭回).gif
 有光興記教授によれば、慈悲の瞑想を毎日2時間以上、5年以上も行った熟練者は、1週間行っただけの初心者に比べて、他者の幸せな顔を見た時に、感情を引き起こす「左側の前部帯状皮質(ACC=anterior cingulate cortex)」が活性されやすく、初心者では活性されない感情をコントロールする「右側の下前頭回(IFG=Inferior frontal gyrus)(左側イメージ)」、そして、エピソード記憶やその処理と関係する「右側の楔前部(けつぜんぶ: Precuneus)(右側イメージ)」が活性化されるという(6p195)。慈悲の瞑想を行うと、ポジティブな感情や主観的な幸せ感が高まるのはそのためである(6p197)
Caudate-nucleus(尾状核).gif
 Middle-frontal-gyrus(中前頭回).gif一方、他者の悲しい顔を見た時には、熟練者は、認知機能や感情のコントロールと関わる「左側の中前頭回(MFG= Middle frontal gyrus)」(左側イメージ)、感情と関わる「左側の尾状核(Caudate nucleus)」(右側イメージ)が活性化されやすく、それはネガティブな感情と負の相関を示す(6p196)

 これは、慈悲の瞑想の修行を積むことによって他人の幸せから肯定的な感情が経験でき、それを自分の記憶と照らし合わせながら共感でき、かつ、ネガティブな感情を経験しても、これを制御できるようになることを示唆している(6p196)。そこで、慈悲では思いやりの感情をもって別の人の苦しみを感じつつ、ポジティブな感情を経験でき、苦しみに遭遇することが可能なるのである(5p273,5p279)

 要するに、慈悲は、人々をバーンアウトから保護することで、ケアに従事する人たちにメリットがあるだけでなく、支援の行動力を高めることでその受益者にもメリットがあるのである(5p279)

【画像】
ジャコーモ・リッツォラッティ教授の画像はこのサイトより
タニア・シンガー教授の画像はこのサイトより
マチウ・リカール博士の画像は文献(5)より
永沢哲准教授の画像はこのサイトより
オルガ・クリメッキ博士の画像はこのサイトより
有光興記教授の画像はこのサイトより
アントワーヌ・ルッツ博士の画像はこのサイトより
ダッチャー・ケルトナー博士の画像はこのサイトから
実験の画像は文献(4)より

【脳の図】
下前頭皮質の画像はこのサイトより
下頭頂皮質の画像はこのサイトより
前部帯状皮質(Anterior cingulate cortex)の画像はこのサイトより
扁桃体(Amygdala)の画像はこのサイトより
下前頭回(IFG=inferior frontal gyrus)の画像はこのサイトより
楔前部(Precuneus)の画像はこのサイトより
尾状核(Caudate nucleus)の画像はこのサイトより
中前頭回(MFG= Middle frontal gyrus) の画像はこのサイトより

【引用文献】
(1) 永沢哲『瞑想する脳科学』(2011)講談社選書メチエ
(5) Olga Klimecki, Matthieu Ricard, Tania Singer“Chapter 15 Empathy versus Compassion Lessons from 1st and 3rd Person Methods” , A Cognitive Neuroscience Perspective The ReSource Model, Compassion, Bridging Practice and Science, Max Planck Society, 2013.
(6) Dale Debakcsy, Dr. Tania Singer and the Neuroscience of Empathy, Charter for Compassion, Feb22, 2014.
(7) 有光興記「うつ病に対する慈悲の瞑想の効果」貝谷久宣・熊野宏昭・越川房子『マインドフルネス基礎と実践』(2016)日本評論社
(8) 『ヒトの脳から見た共感マーケティング――ミラーニューロンの発見』マーケッターの思索



posted by fidelcastro at 12:21 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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