長寿と断食

炎症が老化の原因だった

マラリア患者は免疫反応の激しさで死ぬ

 今も世界では5億人もの人たちがマラリアで苦しめられている。うち、最も恐ろしい合併症は脳マラリアで、毎年100万人がかかっている。脳マラリアは、脳内の微細な血管が炎症を起こし、高熱と痙攣によって最悪の場合は死に至る病である。けれども、患者は、マラリア原虫の毒素によって死ぬわけではない。炎症と発熱は、「免疫反応」の一部であって、患者は自分の免疫反応が激しすぎるために死んでしまうのである(1p486)

 マラリアが風土病となっている地域では、マラリアに感染した患者は、マラリア耐性を身に付けている。マラリアに耐性がある人の血液を調べてみると、通常の人間であれば死んでしまうほどの多数のマラリア原虫がいることがあるが、まったく病状を示さない。したがって、マラリア耐性はワクチン接種のようにマラリア原虫を殺す能力を高めているわけではない。自己の免疫反応を抑制することで、過剰な免疫反応で自分を傷つけないようにするという、ある意味では妥協の産物なのである(1p487)

マラリア患者がアルツハイマーにかからない謎
05Brian Greenwood.jpg
 自己免疫疾患とは、自分の免疫系が自分を攻撃してしまう病気である。多発性硬化症、慢性関節リューマチ、エリテマトーデスは、いずれも自己免疫疾患だが、ロンドン大学衛生熱帯医学校のブライアン・グリーンウッド(Brian Greenwood,1938年〜)教授は、1968年に、熱帯アフリカでは、とりわけ、子どもの頃にマラリアに感染している人たちには自己免疫疾患が少ないことに気づいた(1p488)

 さらに、2001年、米国インディアナ大学とナイジェリアのイバダン大学が行った調査によれば、マラリアが風土病となっている地域イバダンにおいては、アルツハイマー病が希で、認知症の発生率も半分以下であることがわかった(1p488)

アルツハイマー病は脳の炎症反応〜老化は自己免疫疾患

 05Alois Alzheimer.jpgドイツの医師、アロイス・アルツハイマー(Aloysius "Alois" Alzheimer, 1864〜1915年)博士は、1906年に認知機能や記憶力が低下する病気、認知症を初めて報告した。博士の名にちなむアルツハイマー病患者の半数以上からは、遺伝的なリスク要因が見つからない。アルミニウムや水銀等、様々な環境上の病因も探られて来たが決定的な証拠は見つからなかった(1p446)。そして、アルツハイマー博士自身が記述しているように、アルツハイマー病では、神経原繊維変化(ニューロンが死滅して酸化されたτタンパク質からなるもつれあった繊維)や老人斑がみられる(1p446)。そして、これはいずれも「炎症」の結果もたらされるものなのである(1p453)

 脳にはもともと炎症性細胞、ミクログリア細胞があるが、この細胞がニューロンを異物だと認識する。そして、神経過敏となったミクログリア細胞は、炎症性のメッセージを発信する。この結果、脳内の酸化ストレスが高まり、刺激された感受性が高いニューロンは狂ったように電流を発して、消耗して死んでいく。実に、アルツハイマー病と診断される段階では、脳内ニューロンの4分の1、250億個が死んでしまっているのである(1p453)

 アルツハイマーが炎症反応であることを考えれば、なぜ、マラリア患者に少ないのかの理由もわかる。マラリア耐性で身につけた免疫抑制が、脳に対する炎症反応の激しさを和らげるためにかからないのである(1p489)

感染に対して炎症反応が起きることで病気から治癒する

 人間の身体を構成している細胞は、どれもすべて同じ遺伝子を持っている。けれども、ある細胞は分裂し、ある細胞は死に、ある細胞は癌化する。それは、どのように細胞が行動するのかを決めているのは遺伝子ではなく、細胞が受け取った化学シグナルだからである。すなわち、化学シグナルが、スイッチを入れたり切ったりして遺伝子の発現をコントールしている。DNAと結合して特定の遺伝子の転写を誘導するタンパク質のことを「転写因子」と呼ぶ。細胞は、この転写因子の活動に応じて適切な反応を起こしていく(1p437)

 さて、ここで、病原菌に感染されるような脅威があるとしよう。感染に対する最も重要な「転写因子」にNFκB (=Nuclear Factor-kappa B=エヌ・エフ・カッパ・ビー)とNrf-2がある。NFκBは、攻撃用の炎症性の遺伝子を活性化させ、Nrf-2は防御の役割を果たし、炎症性の遺伝子の転写を防いでいる(1p308)

 病原菌に感染すると細胞の酸化ストレスが高まる(1p437,1p439)。この酸化ストレスによって、NFkBは活性化し、核に移動して、そこでDNAと結合して「ストレス遺伝子」の「転写」を調節する。そして、ストレスタンパク質、腫瘍壊死因子、一酸化窒素合成酵素といった炎症を引き起こすタンパク質がコード化される(1p437,1p439,1p441)。一酸化窒素合成酵素とは、一酸化窒素を作り出す数種類の酵素の呼び名で、一酸化窒素は、血管、免疫系、神経系、性的興奮に大きく影響を及ぼす(1p547)

 こうして、発熱、充血、腫れ等の活発な攻撃型の炎症が生じる。この炎症によって病原菌は殺されて感染は治癒する。もし、NFκBが発動しなければ感染症によって死んでしまうのだから、炎症は個体にとって必要で有利な反応といえる。だからこそ、進化のプロセスでも選択されてきたのである。とはいえ、高い体温が続けば身体も疲弊する。感染が治まれば、酸化ストレスが低下して正常値に戻り、NFkBのスイッチも切られる。炎症性反応をコントロールしている遺伝子のスイッチも切られる。こうして、身体は平常状態に戻る(1p437,1p439, 1p440,1p441)

 臓器を移植すると、移植片も身体に図りしれないほどのストレスをもたらす。けれども、グルココルチコイドやシクロスポリンによってNFκBの活性を遮断すれば、何カ月も何年も拒絶反応を防ぐことができる(1p485)。とはいえ、エイズからわかるように、免疫反応を抑制することには深刻な副作用がある。それ以外の感染症にかかりやすくなるし、癌にかかるリスクも高まる。実際、患者が手術後に癌になる可能性は一般人の100倍も高く5%にも及ぶ(1p487)。そこで、アフリカの被験者たちの死亡率は米国の被験者たちの倍近い。たとえ、心臓や血管は健康であっても、皮肉なことに感染症や癌にかかりやすいために寿命は短くなってしまっているのである(1p489)

老化は遺伝子のプログラムよりフリーラジカルが原因

05Alan Wright.jpg 大きく見れば、老化には二つの説がある。遺伝子的にプログラムされているとする「老化プログラム説」と、それまでに蓄積されてきた疲労が溜まって生じるという「確率説」である(1p320)。現在の医学で主流となっているパラダイムは遺伝子説である(2p422)。けれども、2004年に、エディンバラ大学のアラン・ライト(Alan Wright)教授は、マウス、ラット、イヌ、ブタ、ヒトとそれぞれ寿命が異なる動物において遺伝子の変異で病気がどのように起きるのかを調べてみた。その結果、同じ変異によって同じ病気が発症した。けれども、その発症時間は違っていた。マウスでは変異から1〜2年で発病したが、ヒトではその100倍も時間がかかることがあったのである(2p423)。そのうえ、フリーラジカルが急増する生物種では病気が早く進行する一方、フリーラジカルがゆっくりと漏れ出す動物では病気の進行が遅かった(2p424)

 アカゲザルの最長寿命は40年だが、2001年に、ウィスコンシン霊長類研究所のリ05Weindruch Richard.jpgチャード・ワインドゥルッヒ(Richard Weindruch)教授は、8歳の若いサルと26歳と老いたサルの遺伝子を比較してみた。7000ある遺伝子のうち6%が、2倍かそれ以上もその活性を変化させていたが、変化していた遺伝子の多くは酸化ストレスや炎症に関わるもので、ミトコンドリアの呼吸や細胞の成長に関係する活性が低下していた(1p443)

 急速に髪が白くなって、白内障や筋萎縮、糖尿病等老化が進み、40代には心臓病や癌で死んでしまう遺伝病、ウェルナー症候群という病気がある。1997年にこの症候群を引き起こす遺伝子が単離されたが、この遺伝子は、DNAの二重らせんをほどき(ヘイカーゼ機能)、誤った文字を元通りにする(エキソヌクレアーゼ機能)という二つの機能を持つ酵素をコード化していた。すなわち、このタンパク質は、フリーラジカルによって引き起こされたDNAのダメージを回復させているのである。そして、ウェルナー症候群にかかると酵素の機能が働かずDNAはより傷つきやすくなっていた(1p382)。このことから、寿命とDNAの修復能力との間に相関関係があることがわかる(1p383)

フリーラジカルによる炎症反応が老化の原因だった

 身体は、ダメージが生じることを防ぎ、かつ、生じたダメージを修復することによって健全に維持されている(1p386)。けれども、その修復作業は修復システムがダメージを受けていない場合にのみ可能である。フリーラジカルは修復システムやそれをコード化するDNAそのものも傷つける。このため、最終的には修復ができなくなってゆく(1p387)

 高齢になれば、細胞内のミトコンドリアも古びてくる。このため、ミトコンドリアから細胞中にフリーラジカルが漏出していく。これによって、知らず知らずのうちに酸化ストレスが高まり、NF-κBが活性化され、炎症反応が引き起こされる。ミトコンドリアからフリーラジカルが漏出することを止めることはできないため、炎症反応は慢性化して際限なく続き、この炎症が身体の器官や細胞を壊していく。多くの老年病に慢性的な炎症が伴っているのはこのためである。すなわち、フリーラジカルが老化と老年病の原因なのである(1p439,1p440,1p442, 1p485, 2p387,3p420)。すなわち、酸化ストレスに対する慢性的な炎症反応によって、免疫系が自分自身を攻撃するのが、老化であって、老年病もある種の「自己免疫疾患」といえる(1p488)

抗酸化物質によって老化を遅らせることができる

 1994年、米国のサザン・メソジスト大学のウィリアム・オールとラジンダー・ソハルは、抵酸化物質によって老化を遅らせることが可能だと初めて報告した。遺伝子操作によって細胞質のSDO(スーパーオキシド・ディスムターゼ)とカタラーゼを過剰に作るショウジョウバエを創り出したところ、寿命が3倍に延びたのである。しかも、心拍数の増加に相当する生涯ポテンシャル・エネルギーが30%も増えたため、老齢になっても元気であった。生活ペースが落ちたために寿命が延びたのではなく、同じペースで生活しながら、かつ、寿命も延びた(1p381)

ヘム・オキシゲナーゼが活性化すると炎症反応が和らげられる
 
05Donatella Taramelli.jpg ミラノ大学のドナテラ・タラメリ(Taramelli Donatella)教授は、単離した免疫細胞にマラリア色素を加えると、酸化ストレスが高まって、ストレスタンパク質、ヘム・オキシゲナーゼの活性が5倍も高まることを見出した。けれども、2回目に色素を与えたときには、炎症反応が起こらず、逆に周囲の細胞に対して抑制効果を示した。このことから、タラメリ教授は、子どもの頃にマラリアに感染すると、ヘム・オキシゲナーゼが持続的に活性化し、それによって、免疫機能全体が低下するのではないか、と考えた(1p491)

 ヘム・オキシナーゼは、炎症を和らげ、健康に欠かせない酵素である。ヘム・オキシナーゼ欠乏症の子どもは、成長遅延、血液凝固、溶血性貧血、血管の炎症、腎臓病に苦しめられる。遺伝子が突然変異を起こして、ヘム・オキシナーゼを作れなくなったノックアウト・マウスも、ヘモクロマトーシスのような慢性の炎症性と類似した病状を示す。すなわち、ヘモ・オキシナーゼ欠乏症では慢性の炎症を起こって寿命が短くなる一方、ヘモ・オキシナーゼが過剰にあれば免疫系が抑制されて寿命が延びるのである(1p492)

 植物は食べられないように身を守る毒素を作り出している。クルクミンのような香辛料は、ヘム・オキシゲナーゼ他のストレスタンパク質の活性を高める。けれども、クルクミンは食べても血液中にはごくわずかしか吸収されないという問題点がある。とはいえ、野菜や果物が豊富な食事は、抗酸化物質というよりも、免疫系に効果をもたらすのかもしれない(1p495)

寿命と生殖との密接な関係

老化とは子孫のために資源を継承するプログラム

 カゲロウは幼虫として何カ月も生きた後、変態して成虫になるが、口も消化管もなく、華々しい一日をすごしてすぐに餓死する。サケは数千kmも遡上して産まれ故郷の川に戻るが、数日以内に死ぬ運命にある。オーストラリアにいるフクロマウスは12時間もの激しい交尾の後、オスは衰弱して死んでしまう(3p389)

05August Weismann.jpg 生物はなぜ老いて死んでいくのであろうか。ダーウィンの観点から初めて老化について考えたのは、19世紀のドイツの動物学者、フライブルク大学動物学研究所のアウグスト・ワイスマン(Friedrich Leopold August Weismann, 1834〜1914年)所長だった。ワイスマン所長は、生物集団からくたびれた個体を排除することで、子孫のために資源をあけわたすのが老化であり、それは、生物種としての社会的な知恵だと考えた(1p350)

生殖と長寿はトレードオフの関係にある

04Tom Kirkwood.jpg 生殖と長寿とはトレード・オフの関係にあるのではないか。この考え方は、1970年代半ばにイギリスの老年学の研究者、ニューキャッスル大学のトム・カークウッド(Tom Kirkwood,1951年〜)老齢部次長が提示した。生殖するためにも身体を維持するためにもエネルギーが必要である。エネルギーコストの経済原理から、カークウッド博士は、こう考えた(1p338,1p359,2p393,3p409)。博士の『使い捨て細胞説』によれば、生殖と寿命には最適なバランスがありそれは種によって異なるはずである。事実、多産性と寿命との間には逆相関がある(1p339)

 ラットは生後6週間で生殖を始めて、その寿命は3年である。飼い猫は1年ほどで生殖を始めて15〜20年は生きる(1p340)。カークウッド博士の考え方によれば、サケも悲劇的な死も「死のプログラム」というよりは、生殖にすべてのエネルギーと資源を注ぎ込む結果だと説明できる(3p409)

敵がいないオポッサムは寿命が長い  
 
04オポッサム.jpg オポッサムは身体に対して脳の大きさが小さく、世界で最も愚かな動物だとされる。このため、簡単に肉食獣の餌食になってしまう。唯一の策略が「死んだふり」をすることだが(1p340)、それでも1.5年以上も生きのびられる個体はほとんどおらず、たとえ生き延びたとしても急速に老いる。それでも、オポッサムが絶滅しないのは、繁殖期に一度に8〜10匹もの子どもを二度も産むからである(1p341)

 死ぬまでに70年も生きることができるのであれば、ゆっくり繁殖して子どもを育てても割が合う。けれども、産まれてから数年で肉食獣の餌食になることが確実ならば、繁殖サイクルを圧縮しなければ種としては存続できない(1p479)

04Steven Austad.jpg アラバマ大学のスティーブン・オースタッド(Steven N. Austad)教授は、多産性と寿命との関係に興味を抱いた。そこで、ヴァージニア州の山地とジョージア州沖のサペロ島のそれぞれ70匹のオポッサムに標識を付けて観察をしてみた。進化論からすれば、長生きの個体の方が子孫を多く残せ、かつ、子どもの面倒も長くみることができるため、短命な動物よりも有利なはずである。

 山地のオポッサムは生き延びた後も1.5年以上になると急速に老化し、2回目の繁殖シーズンにまでは8%しか生き伸びず、3回目の繁殖期まで生き延びたものはいなかった。一方、4000〜5000年は捕食を経験してこなかったサペロ島のオポッサムの老化は遅く、半数のメスが2回目の繁殖シーズンまで生き延び、9%は3回目の繁殖期まで生き延びた(1p341)。老化の速度が大陸の半分で、子どもの数は5〜6匹に減っていた。つまり、一生の間に産む子どもの総数は減らず、ただ繁殖力が分散されたのだ(1p342)

04Michael Rose.jpg オポッサムの寿命は2倍となり老化のペースも半減したが(3p390)、多産でなくなると寿命が延びることは、実験からも証明されている。進化生物学者、カリフォルニア大学アーバイン校のマイケル・ローズ(Michael R. Rose)教授は、ショウジョウバエを何世代にもわたって飼育し、選択飼育実験を行ってみた。その結果、一生のうちに産む卵の総数は違いがないものの、10世代間で長寿の集団の平均寿命は倍になっていた(1p343)

小食が長寿につながるわけ

腹八分は長寿につながる

 1930年代から、適度に飢えた状態であれば寿命が延びることは知られていた(1p384,3p411)。カロリー摂取量が50〜60%も減れば栄養失調や飢餓となるが(1p384)、栄養バランスが取れ、かつ、通常よりも40%カロリーが少ない餌を与えたラットは1.5倍も寿命が延びて、加齢に伴う病気も発症しなかった(1p340,3p411)。おまけに、カロリー制限は代謝速度を落とさない。酸素消費量が増え、エネルギー・ポテンシャルも増える。ラットの雄では50%も増加し、寿命だけでなく老化も遅くなるのである(1p384)

 こうした事例はそれ以外の生物でも見出せる。カリフォルニア州のシエラネバダ州の貧栄養湖に持ち込まれたカワマスは性成熟が遅くなり、寿命が6年から24年と4倍にも伸びるのである(3p390)
 米国ウィスコンシン大学では、飽食のアカゲザルと30%カロリーを減らしたアカゲザルとの比較試験が25年も続けられている(8p22)。 2014年の最新リポートでは、カロリー制限しないサルは糖尿病や心臓病のリスクが2.9倍となる一方、カロリーを制限したグループは健康で長寿であった(8p23)

突然変異で寿命が延びるセンチュウ

 1988年、カリフォルニア大学アーヴィン校のデイヴィド・フリードマン(David Friedman)教授とトム・ジョンソン(Thomas Johnson)教授は、センチュウ(C.エレガンス=Caenorhabditis elegans)で寿命を延ばす変異を見出す。「Age-1」と命名された遺伝子の変異によってセンチュウの寿命が22日から46日に倍に伸びたのである(1p361,3p406)。産卵数が75%減っただけでそれ以外のすべては正常だった。
 
04Cyntia Kenyon.jpg 1993年には、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のシンシア・ケニョン(Cynthia Kenyon,1955年〜)教授が、やはりセンチュウにおいて長寿の突然変異を見出す。寿命は60日とほぼ三倍になった。そして、いずれの遺伝子も、長寿でストレス耐性がある形態へとセンチュウを変える力があることがわかった(1p361)。現在では、30以上もの遺伝子が耐久型幼虫への移行に影響することが知られている(1p362)

食料不足に対応して代謝を落とすことで寿命を延ばす

04Caenorhabditis elegans.jpg 耐久型幼虫へのシフトは、食料不足に対応して起きる。センチュウたちは厚いクチクラ層を発達させ、食べる必要性なくし、休眠状態で厳しい時期が過ぎるのを待つ。そして、条件が改善されれば中断されていた暮らしを再開する。ただし、耐久型幼虫として過ごした時間は、成虫としてのその後の寿命にまったく影響しない。現実には70日以上も活動を休止した後では活動が再開されることはめったにない。けれども、耐久前にあと10日の寿命があったセンチュウは10日は生きられる(1p362)。すなわち、寿命が延びたセンチュウは健康に過ごせる期間が2倍以上になっていた(3p406)

感覚遮断で食料危機だと勘違いしたセンチュウでも同じ結果が起きる

 意外なことだが、感覚遮断によっても同じ効果が得られる(1p366)。センチュウは、頭部と尾部の感覚機関内にある繊毛によって周囲の状況をチェックしているのだが、シンシア・ケニョン教授の研究によれば、繊毛に欠陥のある突然変異体は正常な感覚が働かず(1p372)、実際に食料が豊富にあったとしても、利用できる食べ物がないと判断して長生きしてしまう(1p366)

なぜ、ナウル共和国では糖尿病が蔓延したのか

pima-indianS.jpg 話が飛ぶ。ナウル共和国の島民たちは以前には、バナナ、ヤムイモ、ココナッツを主とする食生活を送っていて、糖尿病患者は一人もいなかった(6p268)。けれども、リン鉱床が発見され米国の鉱山会社が入って、島人の暮らしがアメリカナイズされ、豊かになった結果、精製された小麦粉や砂糖、精製植物油を食べるようになった。その結果、1980年代後半には実に30〜64歳の住民の半数が糖尿病患者になってしまう(1p368,6p268)。けれども、これは、ただ米国型食生活の影響で肥満したためではない。同じ食事やライフスタイルをしていても、白人に比べて、ミクロネシア人、ポリネシア人、米国のアリゾナ州のインディアン、ピマ族、オーストラリア先住民アボリジニの発症率ははるかに高い(1p368)。例えば、ピマ族も以前は原始的な農耕を行い、トウモロコシ等の穀類を食べ健康だったが、西洋型のジャンクフードを食べるようになったいま、人口の50%が糖尿病、成人の90%以上が体脂肪率30%以上の肥満となっている(5p156)

James-Neel.jpg さて、現在、ナウルでは糖尿病は減りつつある。とはいえ、それは、島民たちの食事やライフスタイルが変わったわけではない。病気が低下したのは、糖尿病の人たちが死んでしまったからである。そのため、『倹約型遺伝子=遺伝的インシュリン耐性遺伝子』を持つ人々は、80年代に比べて3分の2も減り、今日の青少年ではわずか8%しか見られない(1p371)。『倹約遺伝子』とは、遺伝学者、米国のミシガン大学のジェームズ・ニール(James Van Gundia Neel, 1915〜2000年)名誉教授が1962年に提唱した仮説である(7p114)

糖尿病になりやすいことは食料不足状況下では有利だった

 ここでインスリンの役割とは何なのかを改めて考えてみよう。インスリンは代謝に関わるホルモンで、インスリンがあれば、細胞はブドウ糖(グルコース)を取り込んでグリコーゲンの形で蓄えられる。そして、グルコースが豊富にあることとは、すなわち、食料が豊富にあることを意味する(1p365)。そこで、血糖値が高ければ、成長ホルモンが分泌され、この刺激によって、次には「インスリン様成長因子(IGF)」が生産され、細胞分裂や細胞の成長を促進していく(1p365,3p409)

 けれども、生物種としての人間の遺伝的・生理的特性は、農業が始まるよりもはるか以前に生きていた狩猟採集民と変わらない(7p41)。そして、祖先の食事の内容は脂肪が75%、タンパク質が20%、炭水化物が5%だった(7p45)。つまり、過去200万年にわたって人間は高脂肪の食を口にしてきた(7p114)。果実が実る夏の終わりだけを別として、炭水化物に接することはほとんどなかった(7p115)。食料が欠乏した状態が多ければ、たまに食料が豊富な時期があったとしても、膵臓がさほど働かず、作られるインスリン量も少なく、インスリンが豊富に出ない方が不要なエネルギー消費が防がれる(1p369)。U型糖尿病が発病するという問題が生じるのは、炭水化物が豊かな食事が与えられた場合だけだからである(1p370)。先住民たちがU型糖尿病にかかりやすいことは、食べ物が豊かな時期には、エネルギーをため込んで、長期にわたって食料不足や飢饉が続いても生き延びられる「節約型遺伝子」を持っていることを意味する。それがあったからこそ、ミクロネシア人やポリネシア人たちは長期にわたる航海を成し遂げられたともいえる(1p368,1p369)。絶えず食料が不足している状況では、太りやすい遺伝子、すなわち、糖尿病にかかりやすい遺伝子は生き延びるうえで有利なのである(7p114)。実際、栄養不足が慢性化している国では、最も生き延びる可能性が高いのはインシュリン抵抗性がある子どもたちである(1p370)

 一方、ヨーロッパ人の間にはU型糖尿病は一般的ではなく、彼らの祖先は「節約型遺伝子」の淘汰圧を受けなかったように思える。おそらく、家畜を飼育し、グルコースの豊富な乳糖、ミルクを摂取できたからであろう(1p370)。事実、太平洋諸島の人々や米国の先住民は搾乳用の家畜を飼育したことがないために、いまだに乳糖不耐性で糖尿病にもかかりやすいが、乳糖耐性を持つ民族はいずれも糖尿病にかかりにくい(1p371)

食料が不足すると生殖から長寿へと切り替わる

 寿命を延ばす働きをする「長寿遺伝子」は、実は「老化」に関する遺伝子ではなく、「性成熟」と関連する遺伝子である。このことは、資源とエネルギーの関係から理解できる。動物は性成熟するまで成長するためには多くの資源とエネルギーが必要である。それが、手に入らなければ、成長をストップさせ、手に入るまで待つ方がよい(3p408)。食料が豊富であればインスリンが働きだし、性成熟と繁殖に向けたギアを入れて、性行為に備えるが、食料が乏しければ生命活動を抑制させた方が良い (1p365,3p409)

 多くの研究者は、センチュウの研究が人間の老化と関連するとは考えてこなかった(1p367)。けれども、例えば、センチュウは、インスリンの生産量を減らすことによって長生きをするが(1p366)、インスリン抵抗性は、食料危機に向けて身体を準備させるものであって、耐久型幼虫段階にシフトする前にセンチュウの身体で起こる変化と類似している(1p369)。食料が豊かにあったとしても食料がわずかしかないと身体に思い込ませてしまうことは、センチュウの感覚遮断に相当する(1p370)

 すなわち、「長寿遺伝子」に変異が生じると、たとえ食料が豊富にあったとしてもそれに反応しなくなり、インスリンによる誘導が阻止され、身体の維持に関わる遺伝子が活発化し、センチュウの活動休止と同じ効果をもたらすのである(3p410)。とはいえ、インスリンや「インスリン様成長因子(IGF)」に対する抵抗性があるとU型糖尿病になりやすい(1p367)。人間の場合では、成人発病型の糖尿病がもたらされることになる(3p410)

 繁殖から長寿への切り替えのスイッチは、センチュウ、ショウジョウバエ、ラット、人間といずれも変わらない(1p387)。そして、このスイッチが入ることによって、繁殖から遠ざかり長寿に向けた回路へと切り替わる(1p370)。「今は生きよ、生殖は後だ」と選択させる。そして、この資源配分は、インスリンとインスリン様成長因子によってなされる。そのことによって、センチュウからラットまで寿命は延び(1p480)、困難な時期を切り抜け、状況が改善されたときに、再び子孫を作ることを可能にする(1p387)。ただし、対応策は異なる。センチュウでは、ストレスタンパク質の生産を増やすことで対応する。センチュウのストレスタンパク質は種類が少なく濃度も低い。このため、レベルをあげることはたやすい(1p387)

 一方、アカゲザルでは、多様なストレスタンパク質を持ち、そのレベルも高い。すべてのストレスタンパク質を作るよりも代謝を抑制した方がコストが少なくて済む。このため代謝速度を抑制する(1p387)。すなわち、カロリー制限で、血糖レベルが下がり、インスリンのレベルが下がり、代謝が繁殖から維持に切り替わることで、脳、心臓、骨格筋といったダメージが激しい組織の酸化ストレスへの耐性が高まるのである(1p384)

カロリー制限によってフリーラジカルが減る

 カロリー制限は、哺乳類の寿命を延ばすことがわかっている唯一の方法である(2p391,2p435)。1987年、メリーランド州ボルティモアにある米国国立老化研究所とマディソンのウィスコンシン霊長類研究所では200頭のアカゲザルとリスザルを用いて実験を行った。その結果、カロリー制限には以下の三つの効果があることがわかった。

 @ タンパク質の合成速度が倍以上となって細胞内の構造が丈夫となった
 A 一酸化窒素合成酵素のように炎症を助長するタンパク質の合成が減少した
 B 酸素呼吸を司る遺伝子、チトクロームCの発現が正常の23分の1にまで減少していた。
 この最後は、代謝速度が低下していることを意味する。すなわち、ゆっくり生きて遅く死ぬのである(1p385)

 つまり、カロリー制限は飢餓への生理的反応を引き起こす(1p480)。カロリーが制限されると酸素消費量は変わらないが(2p392,2p435)、複合体Iが還元状態になるため、電子が複合体から出ていき、複合体の反応性が下がる(2p435)。すなわち、ミトコンドリアからのフリーラジカルの漏出が減る(1p480)。そして、フリーラジカルの漏出が少ないと、寿命が延びるだけでなく、老化も遅れ、加齢に伴う病気にほとんどかからないのである(3p419)

 最も、カロリー制限のメリットは、寿命が長い生物ほど減るらしい。ラットでは寿命は2倍になるがアカゲザルでは伸びない。けれども、アカゲザルは老年性疾患にかかりにくいという生化学的な変化がある。つまり、寿命を延ばすよりも健康な期間を延ばす方がたやすい(3p425)

 人間でも、ミトコンドリアが劣化しはじめる前、中年の時から、カロリー制限を始めれば、老化だけでなく、加齢に伴う病気も防げる(3p421)。フリーラジカルの漏出を減らし、ミトコンドリア膜を強化してダメージを防ぎ、ミトコンドリア数を増やすことによって、生命の時計を若い時にリセットする。すると何百もの炎症性遺伝子のスイッチがオフになるのである(3p422)

断食をすると長寿遺伝子にスイッチが入る

Eric-VerdinS.jpg このように、カロリー制限が長寿と関係することは、センチュウをはじめ、サル等でも知られている(7p242)。けれども、カロリー制限がなぜ長寿に効果があるのかはわかっていなかった(1p385,3p411)。とはいえ、摂取カロリーを減らすと寿命が延びる理由は、カリフォル二ア大学サンフランシスコ校のエリック・バーデン(Eric Verdin)教授の研究から、2010年以降さらに明らかになってきた(8p23)。すべての生物は細胞の老化をコントールする長寿遺伝子、サーチュイン遺伝子を持つ。普段はこの遺伝子はスイッチがオフとなって休眠状態となっている(8p24,9p49)。けれども、飢餓状態におかれると、細胞はNADという補酵素を増やし、休眠中の細胞を目覚めさせようとする。このときにサーチュイン2という長寿遺伝子のスイッチが入り、損傷した細胞のDNAの修復機能を急激に進める(9p49)。長寿遺伝子、サーチュイン3も通常は休眠状態にあるが、カロリーを制限するとスイッチがオンとなって活性化する(8p24)

小食でアルツハイマーが防げる

Sarika-Srivastava.jpg 米国立老化研究所のマーク・マットソン(Mark Mattson,1957年〜)教授は、カロリー摂取量が減れば、アルツハイマー病やパーキンソン病にかかるリスクも減ることを見出している(7p240,7p242)。教授は、ナイジェリアからの移民とナイジェリアに残った親族のアルツハイマー病罹患率を調べ、移民後に摂取カロリーが増えたことが脳に有害な影響をもたらすと指摘する(7p242)

Marcia-Haigis.jpg バージニア工科大学カリリオン研究所のサリカ・スリヴァスタヴァ(Sarika Srivastava)准教授とハーバード大学医学大学院のマルシア・ハイジス(Marcia C. Haigis)准教授の研究によれば、長寿遺伝子、サーチュイン1の活性が高まると、アルツハイマー病の疾患につながるデンプンのようなタンパク質、アミロイドを分解する酵素が増える。さらに、サーチュイン1の活性化は炎症を抑制するという(7p244)。このため、フリーラジカルの産生が減り、同時にミトコンドリアからのエネルギー生成が増えるのである(7p242)

小食で学習能力が高まる

Veronica-Witte.jpg ドイツのマックスプランク研究所のベロニカ・ウィッテ(Veronica Witte)博士らは、2009年に高齢者を2グループにわけ、カロリー摂取を30%削減したグループと対照群との3カ月後の記憶力を比較するとう実験を行ってみた。その結果、食事制限グループの記憶機能がかなり高められることが明らかになった(7p240)

A-veronica-Araya.jpg カロリーを制限すると、炎症要因が減るだけでなく、神経細胞保護因子、とりわけ、脳由来神経栄養因子(BDNF)が増える。例えば、2008年にチリ大学のヴェロニカ・アラヤ(Veronica-Araya)准教授が、3カ月、カロリーを25%制限する食事療法を行ってみたところ、被験者のBDNFが並はずれて増え、これが食欲を大きく減らす一方(7p243)、糖質を多く摂取するとBDNFの生成が減ることを見出した(7p244)。さらに循環器病研究センターの研究者、中城有香子さんによれば、サーチュイン1の経路が活性化されるとBDNFが増え、これが学習能力や記憶向上につながるという(7p244)

【画像】
ブライアン・グリーンウッド教授の画像はこのサイトより
アロイス・アルツハイマー博士の画像はこのサイトより
アラン・ライト教授の画像はこのサイトより
リチャード・ワインドゥルッヒ教授の画像はこのサイトより
ドナテラ・タラメリ教授の画像はこのサイトより
アウグスト・ワイスマン所長の画像はこのサイトより
トム・カークウッド博士の画像はこのサイトより
スティーブン・オースタッド教授の画像はこのサイトより
オポッサムの画像はこのサイトより
マイケル・ローズ教授の画像はこのサイトより
シンシア・ケニョン教授の画像はこのサイトより
センチュウの画像はこのサイトより
ピマ族の画像はこのサイトより
ジェームズ・ニール名誉教授の画像はこのサイトより
エリック・バーデン教授の画像はこのサイトより
マーク・マットソン教授の画像はこのサイトより
サリカ・スリヴァスタヴァ准教授の画像はこのサイトより
マルシア・ハイジス准教授の画像はこのサイトより
ベロニカ・ウィッテ博士の画像はこのサイトより
ヴェロニカ・アラヤ准教授の画像はこのサイトより

【引用文献】
(1) ニック・レーン『生と死の自然史』(2006)東海大学出版会
(2) ニック・レーン『ミトコンドリアが進化を決めた』(2007)みすず書房
(3) ニック・レーン『生命の跳躍』(2010)みすず書房
(4) ジョン・レイティ『脳を鍛えるには運動しかない』(2009)NHK出版
(5) 江部康二・宮本輝『我ら糖尿人、元気なのには理由がわる』(2009)東洋経済新報社
(6) ブルース・ファイブ『ココナッツオイル健康法』(2014)WAVE出版
(7) デイビッド・パールマター『「いつものパン」があなたを殺す』(2015)三笠書房
(8) 江部康二『人類最強の「糖質制限」論 ケトン体を味方にして痩せる、健康になる』(2016)SB新書
(9) 古川 健司『ケトン食ががんを消す』(2016)光文社新書
posted by fidelcastro at 07:00 | Comment(0) | 野生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする