サピエンス糖質制限史・脳と糖とインスリン

脂肪酸の方がブドウ糖よりもエネルギー効率が良い

 「糖質」は、@単糖類(ブドウ糖と果糖)、A二糖類(単糖が二つ結合した砂糖や乳糖)、Bオリゴ糖(単糖が3〜10個結合)、C多糖類(単糖が10個以上結合したパンやごはん)からなる。単糖類は接取すれば、速やかに腸から吸収される(7p51)

ibn Sīnā.jpg 飢えていた時代には、すぐに使えるエネルギー源、砂糖を与えれば病人も元気を回復することができた。イスラム世界を代表する知識人で、哲学者・科学者でもあったイブン・スィーナー(ibn Sīnā, 980〜1037年)医師が「砂糖こそが万能薬である」と述べたのもそのためである(7p53)

 「油ものを食べると太る」と言われるが、これは間違いである。接取された脂肪がそのまま脂肪になるわけではない(7p54)。ブドウ糖は貴重なエネルギー源だが必要以上に接取すればエネルギーとして使われなかったブドウ糖は余る。そのまま捨ててしまってもよいが、飢えていた時代には貴重なブドウ糖をなんとか体内に保存しようとした。けれども、ブドウ糖の形でそのまま保存したのでは効率が悪い(7p55)

 細胞内のミトコンドリアでTCAサイクルという代謝系が動くことで、1分子のブドウ糖からは38分子のATPが作れる(3p229)。1gあたりのエネルギー量は約4kcalである(7p55)。けれども、脂肪酸はβ酸化反応によってアセチルCoAに変化する。TCAサイクルを使うことでここからATPが産み出されるが(3p266)、脂肪酸の一種ステアリン酸1分子からはブドウ糖の4倍の146分子ものATPが作れる(3p229,3p266)。すなわち、脂質にすれば1kgで9kcalのエネルギーとなる(2p33,7p56)。酸素がある状態ならばブドウ糖代謝よりも圧倒的に効率的なのである(3p266)

メインピッチャーの脂肪酸とリリーフピッチャーのブドウ糖

 グリコーゲンは、人間では肝臓に100g、筋肉には300gほど貯蔵されている(3p271,3p272,4p119)。けれども、エネルギー換算するとわずか1000kcalにすぎない。体外から補給されなければわずか12時間で枯渇してしまう。これに対して、貯蔵脂肪量は多い。体重60kgで体脂肪率が20%であれば、12kgで10万8000 kcalとなる。50日は絶食できるエネルギー量である(4p120)。『デブリン生化学』によれば体重70kgの男性には約16万kcalのエネルギー源がある。一日1500kcalしか使わなければ107日分である。うち、グルコースは80 kcal、グリコーゲンは760 kcal、タンパク質が24,000 kcalに対して、脂質は135,000 kcalと85%を占める(7p58)。つまり、人間を含めて、ほとんどの生物は脂肪をエネルギー源としている。渡り鳥も蓄えた脂肪を燃やして飛んでいるし(4p120)、卵の生育も孵化も糖質がない条件で進む(4p121)

 野生動物は決められた時間に食事をしていない。ライオンも狩りをするのは空腹を感じた時で2〜3日に一度ということも珍しくはない(2p30)。現代の食事では摂取カロリーの60%が炭水化物、脂質が20%、タンパク質が20%となっている。けれども、農業が始まる以前の狩猟採集時代は、木の実や魚等が食され、摂取カロリーの75%が脂質、タンパク質が20%で、炭水化物は5%以下であったとされる。したがって、人間の身体は脂質を分解するように設計されている(4p36)

 このように日常的な作業では脂肪酸代謝で得られるATPで十分である。けれども、突発的な事件が起きたときにはエネルギーが足りない。そこで、登場するのが手っ取り早くブドウ糖に変換できるグリコーゲンである(3p272)。グリコーゲンはブドウ糖がグリコシド結合で重合した高分子で、昆虫からも見つかっておりその起源は非常に古い(3p271)

 前述したとおり、糖質はグリコーゲンの形で肝臓と筋肉に蓄えられているが、その量は1000kcalに満たない(2p33)。激しい運動をすれば1時間ほどで枯渇してしまう。けれども、火事場の馬鹿力が必要とされる緊急事態はそれほど長くは続かない。いわば、脂肪酸代謝がエース・ピッチャーだとすれば、グリコーゲンはリリーフピッチャーである。エースが登場するまでのつなぎ役なので大量になくてもいい(3p272)。要するに、生物には脂肪代謝系(脂肪酸―ケトン体)と糖代謝系(ブドウ糖―グリコーゲン)の二つがあり(4p119)、糖質は一時しのぎのエネルギー源にすぎない(4p120)。手足の筋肉や心臓は脂肪酸をエネルギー源としていて、激しい運動のときに限ってブドウ糖を取り込んでいる(3p228)

カンブリア紀とハイブリッド筋肉の誕生

 マリノリアン氷河時代が終わると地球は再び温和な気候に戻り、海は一気に大型生物であふれる(3p268)。100種以上の生物化石が発見され、エディアカラ動物群と言われる(3p269)。そこは捕食動物が存在しない基本的にのんびりした時代だった(3p270)。けれども、5億4300万年前にカンブリア紀になると事態は一変した。眼を持つ動物が出現したのだ。視覚が持つ情報量は触覚や嗅覚に比べ桁違いに多く、伝わるスピードもそれこそ「光速」で嗅覚の比ではない(3p269)

アノマロカリスS.jpg 同時に史上初の捕食動物も誕生する。その結果、カンブリア紀の海は追うものと追われるものとがせめぎ合う殺伐とした生存競争の世界になった(3p269)。のんびりと波にただよっていては獲物も捕まえられないし逆に自分が餌食になってしまう。かくして、生き馬の眼を抜く視覚と運動機能の軍拡競争の幕が切って落とされる(3p270)

 眼と筋肉と神経を研ぎ澄ましていく際限なき軍拡競争時代。ここで、筋肉を俊敏に動かすために「脂肪代謝」という新型エンジンが施行された。そして、脂肪酸とブドウ糖でも動くハイブリッド型の筋肉を完成させ、肉食動物という新時代の旗手が誕生したのである(3p270)

なぜ糖質を食べると太るのか

太らせるホルモン、インスリン

 これで、なぜ糖類を食べると肥満が生じるのかがわかる。糖質を多く含む食べ物を食べると、食後に血糖値があがる(5p16)。血糖値が高い状態は身体にとっては良くない状態である(2p69)。過剰な血液中のブドウ糖によって、神経や血管はダメージを受ける。すなわち、血糖値はあげたくてもあげられない(3p245,3p273)。そこで、使い切れずに余ったブドウ糖は、肝臓にグリコーゲンとして蓄積されるが、蓄積される量には限りがある。そこで、余ったブドウ糖はインスリンの働きで脂肪細胞に中性脂肪として蓄積される(2p77,5p16,6p164)

 その仕組みはこうだ。グルットと呼ばれるグルコース・トランスポーター(糖輸送体)は12種類ある。脳、網膜細胞、赤血球はグルット1を持つ。そして、細胞の表面にあるためにブドウ糖をいつでも優先的に取り込むことができる(1p98)。けれども、筋肉、心臓細胞、脂肪細胞の場合は、グルット4を持つ。これは、通常は細胞内に沈んでいるため血糖を利用できない。そのため、ケトン体−脂肪をエネルギー源としている(1p99)。要するに、筋肉細胞にはもとより脂肪酸を優先的に使う性質があるということだ(2p74)。けれども、インスリンが大量に追加分布されたり、運動で筋肉が収縮すると状況は変わる(1p99)。ブドウ糖を取り込むためのグルット4が細胞表面に移動する。これによって、血液中の血糖値は筋肉や脂肪細胞に取り込まれて低下するのである(1p99,6p165)。筋肉組織にあるLPL(りぽタンパク質リパーゼ)が、血液中にある中性脂肪を脂肪酸とグリセロールに分解している(2p81)。けれども、インスリンは、空腹時から続いている脂肪の分解をストップさせ、血中に脂肪酸が溶け出さないようブロックする。このため、血中からは脂肪酸が消える。中性脂肪から脂肪酸が引き出せなければ、筋肉細胞はブドウ糖を先に使わざるをえない。こうして血糖値は下がる(2p75)。こうして、インスリンは筋肉が使う脂肪酸を減らす(2p74)。そして、脂肪細胞が中性脂肪に再合成して貯蔵する(2p81)

糖分接種でインスリンの追加分布量が激増

 さて、農業が始まるのは1万年前、世界的に定着するのは4000年前からである(3p211)。そして、小麦や米のデンプン(糖質)を摂取することによって、ヒトは血糖値の急上昇を経験するようになる(4p212)。そして、18世紀には欧米で小麦の精製技術が開発される。日本でも江戸時代中期に精米技術が向上し白米を食べる習慣が定着する。すなわち、世界各地で精製された炭水化物を摂取するようになったのは、ここ200〜300年にすぎない(4p213)

 さて、インスリンには24時間で続けている基礎分泌がある。その血中インスリン値は5〜10μIU/mlレベルとごく少量である(1p195)。そして、糖質が追加されるとそれを分解するため、インスリンの追加分布がなされる。以前は、昔は秋の実りを食べて冬に備えたくらいであろう。けれども、農耕が始まると日常的に必要となる(1p72)

 農耕以前には空腹時の血糖値が100mg/dlであったとしても、食後にもせいぜい40mg/dlぐらいの上昇ですんだのが(1p145)、精製された炭水化物は急激に血糖値をあげる。今では糖尿病でない人も空腹時血糖を100 mg/dlとすれば食後には60〜70mg/dlもあがって160〜170mg/dlになる(1p145,4p213)。糖尿病患者では280mg/dlにまであがる(1p145)。そして、血糖値が160〜170 mg/dlになれば、インスリンの追加分泌も多い人では200μIU/mlもでる(1p195)

なぜ三度の食事が必要となったのか

 さて、食事で得たエネルギーが消費されてしまえば元に戻って肥満しない(2p78)。けれども、通常では血糖値が元の値に戻るのは約3時間後だが、血中のインスリン濃度が元にもどるためにはさらに1時間かかる。この1時間の時差によって血糖値は食事をする前よりも下がってしまう。このため、空腹感を感じる(2p69,2p76)。そして、エネルギーが使い切られる前にまた空腹感を生じさせる(2p79)。そして、貯めた脂肪が使われずに新たに積み残されていく。これが肥満のメカニズムである(2p76)。すなわち、脂肪組織、贅肉が作り上げられる(2p77)

 ちなみに、食後に眠くなるのは、糖質を過剰に摂取した後、血糖値が急上昇し、それを低下させるためインスリンが大量に分泌され、低血糖状態に陥った「機能性低血糖」の状況にあるためである(5p34)

 すなわち、ブドウ糖をエネルギー源としていると5時間程度しか持たない。このため、5〜6時間毎に糖質が枯渇しないように摂取する必要がでてくる(5p16)。したがって、朝食に糖質を取れば、最低でも3回の食事が必要となるのである(2p70)

糖分が多いジャンクフードは麻薬と同じ

 Damon-Gameau.jpgオーストラリアの映画監督、デイモン・ガモー(Damon Gameau)氏は自ら実験台となって、毎日スプーン40杯分の砂糖を60日も接取するとどうなるのかを体験し、ドキュメンタリー映画『あまくない砂糖の話(That Sugar Film,2015)』を作成した。体重が8.5kg増え、腹囲が10cm増え、中性脂肪地も150%増えた(7p70)。40杯分の砂糖160gはカロリー換算すれば640 kcalにすぎない。成人の標準的な摂取カロリーの4分の1である。この結果は、まさに人はカロリーによってではなく、糖質、とりわけ、砂糖によって太ることをはっきりさせる(7p71)。けれども、ガモー氏が体験したのはそれだけではなかった。砂糖を取った瞬間には幸せ感を感じ、その後45分ほどはハイになるが、その後、身体がだるくなり、集中力が低下して、イライラし、砂糖が強烈に欲しくなると言う「砂糖中毒」である(7p74)

 糖質接取直後に血糖値が急激にあがることを「ブドウ糖スパイク(グルコーススパイス)」と呼ぶが(4p214)、それは、食後に陶酔感と幸せ感をもたらす(3p92)

coca-cola-ideal-brain-tonicS.jpg 例えば、砂糖を多く含むコーラを空腹時に500cc飲むとどうなるか。空腹時の血糖値は80mg/dl前後だが、わずか30分で血糖値は150mg/dlまであがる。エンドルフィンやドーパミンといったホルモンが分泌されて脳は至福感を感じる(7p76)。ここまであがるとセロトニンが出て快楽を感じる(1p147)。けれども、大量のインスリンが放出され、コーラを飲んで90分後には血糖値は70mg/dlに急落する(7p76)。すると早く砂糖を取れと脳に命令するため、アドレナリンが放出される。その結果、強い空腹感や眠気、イライラ感に襲われる。ジェットコースターのような血糖値が上下しているうちに、砂糖中毒になってしまう(7p77)。まさに禁断症状である(3p92)

 糖質主体の食事をしていると、1日に3〜6回は食べないと空腹感に襲われる(3p146)。要するに、エネルギー源をブドウ糖に依存していると血糖値の変動は大きくなり、その結果、集中力が低下したり、イライラしやすくなる(5p33)

 これほど急激に血糖値を変化させる食品は700万年の人類史上類を見ないものであった(4p213)。食後は160〜170まで上昇する。江部康二郎医師によれば、血糖値の変動幅は農耕開始後に2倍以上になり、精製炭水化物を摂取したことで3倍となった(4p212,4p214)。このブドウ糖スパイスは危険である。マウスを用いた実験では、24時間中少しずつ餌を与え、250〜300mg/dlの高血糖を持続したものと、1日に2度餌を食べさせ、空腹時には100 mg/dl、食後だけ250 mg/dlの高血糖にしたものを比較すると、食後だけ高血糖のマウスの方が血管のダメージははるかに多かった。つまり、空腹時と食後の血糖値の差が大きい方が危険なのである(1p57)

改良コムギは中毒性で鬱病を招く危険性がある

 食後、2分以内に急激に血糖値をあげることができる食べ物は、食パン、フランスパン、うどんである(5p100)。血糖値をあげる血糖インデックスGI値は1981年にカナダのトロント大学から発表されたが(5p102)、チョコレートを大量に含むお菓子が41、デュラム小麦の全粒粉スパゲティが42に対して、精白パンは69、全粒粉パンは72となっている(5p103)。これほどコムギが血糖値を急上昇させるのは、米国産の小麦はフワフワしたパンを作るために品種改良が重ねられ、消化吸収されやすい糖質アミロペクチンAを大量に含むように従来の小麦とは異なるものに変化しているからである(5p102)

 Wikkiam-DavisS.jpgまた、最も多くのグルテンを含むのは強力粉で11.5%以上も含むが、グルテンにも麻薬と同じ中毒性がある(5p104)。『小麦は食べるな』日本文芸社(2013)の著者、ウイリアム・デイビス(William Davis)博士によれば、小麦を除いた食事をさせた患者の約30%が禁断症状を経験するという(5p105)。グルテンは胃で分解されるとエクソルフィンが出来るが、これは脳内のオピオイド受容体と結合子、恍惚状態を産み出す。これが、パンやドーナツに対してアヘンと同じような禁断症状が起きる理由である(5p133)。事実、ヘロインやアヘン等の中毒患者の治療に用いられる薬剤、ナロキソン、ナルトレキソンを投与すると異常な食欲が抑制される(5p134)

 David-Perlmutte.jpg『いつものパンがあなたを殺す』 三笠書房(2015)の著者、神経科医のデイビッド・パールマター(David Perlmutte)博士はコムギの危険性に警鐘を鳴らす(5p100)。博士によれば、グルテンは毒物でグルテンを除くことで多くの病状が改善すると述べる(5p106)。最も多いのは下痢だが、認知症、統合失調症、鬱病、自閉症、ADHD(注意欠如多動性障害)もグルテンと関連しているとの説も注目されている(5p106)

脂肪が増えるとホルモンのバランスも壊れる

 さて、脂肪細胞はただ脂肪をストックしておくだけのタンクの役割を果たしているのではなく(6p183)、様々なホルモンを分泌している。例えば、脂肪細胞から分泌されるレプチンは、食欲を抑制させる(5p90,5p98)。けれども、内蔵脂肪が多いとレプチンが減る。このため満腹感が得られなくなってしまう(5p98)。食欲を亢進させるホルモンがグレリンである。これで食べ過ぎてしまう(5p98)。マウスの実験からは、視床下部の代謝がブドウ糖からケトン体に変わると食欲中枢にブロックがかかり、食欲が抑制されることが確認されている(5p65)

 さらに、抗酸化作用を発揮して、高血圧や動脈硬化、糖尿病を予防し、健康長寿につながる善玉ホルモン、アディポサイトカインも脂肪が溜まりすぎると分泌が減る(5p90,6p183)。一方、血管を収縮させて血圧を上昇させたり、血糖値を上げるPAI-1、TNF−α、アンジオテンシノーゲン等の有害なホルモンは増えていく(5p90,6p183)

 この両者のバランスには内蔵脂肪が関係している。内蔵脂肪が増えると善玉ホルモンが減り、悪玉ホルモンの分泌が増える。さらに内蔵脂肪そのものが炎症反応を起こしており、炎症性物質を発している。これを受けると肝臓も異常なタンパク質を作り出す(5p92)。要するに、内蔵脂肪が増えると炎症シグナルが増え、インスリンの効きが悪くなる。これがインスリン抵抗性である(5p96)

デブS.jpg 日本人を含めてアジア人は比較的インスリンの分泌能力が低い(1p66)。そこで、インスリンを追加分泌し続け40〜50年も経過すれば、膵臓が疲弊してインスリンの分泌能力が低下して、糖尿病になっていく(4p214)。これに対して、欧米人はインスリンの分布能力が高いため、糖尿病にはなりにくい。けれども、その代わりに巨大肥満となっている。糖尿病にはなっていなくても、肥満した人のブドウ糖負荷試験をしてみると、インスリン抵抗性が高いために、インスリンが200〜300μIU/mlも出ているケースもある(1p66〜67)。そして、インスリンには血圧をあげる作用もある(1p64)

 炎症には身体を守る目的があるが、それが過剰となって慢性化すると細胞を壊す。TN F−αが増えることで、血管壁に過剰な炎症が起き、血管のしなやかさが失われもろくなった状態が動脈硬化なのである(5p91)。血糖値が180 mg/dlもあれば、血管はボロボロになっている(1p181)。ブドウ糖が赤血球にまとわりつけば酸素を抹消にまで届けることができなくなる。白血球にまとわりつけば免疫機能が低下する(1p78)。このやっかいな内蔵脂肪は、バターや肉の取りすぎではなく、糖質を過剰に摂取していることが原因で生じる(5p93)。生活習慣病とはジャンクフード等によるブドウ糖のスパイクとインスリンの過剰分布なのである(4p215)

糖尿病は食事療法では治せない

 九州大学医学部01.jpg従来の食事療法では糖尿病が治せないことを明らかにした実証事例がある。福岡県の久山町は、1961年から九州大学が脳卒中の研究を始め、減塩食による食事療法と血圧降下剤によってこれを減らそうとし、10年後に死亡率を3分の1にまで落とすという成果をあげた(1p187)。そこで、1988年からは食事療法と運動療法によって糖尿病を治療しようと試みた(1p186)。研究を始めた当初では、男性の15%、女性の9.9%が糖尿病だった。そこで、九州大学では炭水化物60%、脂質20%、タンパク質20%の食事を推奨し、糖尿病学会が推奨する1日2回、30〜60分の運動を週に3回行った。けれども、14年後には、男性23%、女性13%が糖尿病とむしろ悪化し、糖尿病の予備群を入れると男性60%、女性41%にまでなった(1p188)。この研究が発表された2002年の段階では日本全体での糖尿病患者は男性15.6%、女性8.1%であることから、全国平均よりも悪くなってしまったのである(1p189)

癌のメインエネルギー源は糖質だった

 50万もの文献を集め、7000件を選んでチェックした世界がん研究基金の2007年の発表によれば、大腸がん、食道がん、膵臓癌、子宮がん、腎臓がん、乳ガン等のおもな癌ではBMIが25以上の肥満であった(1p176)。癌細胞は毎日5000個も発生し、これを免疫細胞が殺しているが、インスリンは癌細胞の増殖を促進する(1p177)

 糖尿病の高齢者を調べたオランダの研究によれば、糖尿病患者はアルツハイマーにかかる確率が2倍で、インスリン注射をしている場合は4.3倍にもなる(1p179,1p195)。福岡県の久山町の研究でも4.6倍である(1p194)。そして、癌もインスリンを注射している患者が約2倍もかかりやすい(1p178)

 普通の内臓細胞や脂肪細胞にはグルコース・トランスポーター(糖輸送体)1がない。このため、ブドウ糖を取り込めない。けれども、これが癌細胞化すると変わる。グルット1を持つ(1p170)。すなわち、癌細胞では嫌気性解凍系がメインで、ミトコンドリアを用いた好気性エネルギー代謝がされていない。1920年代にドイツのオットー・ワールブルグ博士が発見したことから「ワールブルグ効果」と呼ばれる。好気性であればひとつのグルコースから36分子のATPが生産できるが、嫌気性では2分子しか生産されない。なぜ、癌細胞が酸化エネルギーを使わないのかは長年謎となっていたが、この性質こそが癌細胞の増殖の鍵を握っていることがわかってきた(4p315)。ちなみに、嫌気性解凍で生産される大量の乳酸が癌細胞の増殖や転移の促進にも関与しているとの説がある(4p316)

 嫌気性解凍に依存する癌細胞はブドウ糖をエネルギー源とするため、正常な細胞の何十倍もの勢いでブドウ糖を取り込む。癌転移を調べるPET検査では、この成立を利用し、フッ素の放射性同位元素目印を付けたブドウ糖を注射し、ポジトロンCTを取ることで癌転移の位置や広がりを確認している(1p169,4p316)。前立腺がん等ブドウ糖を取り込まないタイプ以外の8〜9割の癌はこれでわかる(1p169)

 要するに、ブドウ糖が存在するうえでの嫌気性代謝が癌細胞の生命線であることから、ブドウ糖を利用できなくすれば、正常な細胞にはダメージを与えることなく、癌細胞だけを死滅させることができるのである(4p316)

なぜ断食が長寿につながるのか

Eric-VerdinS.jpg 米国ウィスコンシン大学では、飽食のアカゲザルと30%カロリーを減らしたアカゲザルとの比較試験が25年も続けられている(6p22)。2014年の最新リポートでは、カロリー制限しないサルは糖尿病や心臓病のリスクが2.9倍となる一方、カロリーを制限したグループは健康で長寿であった。その理由はカリフォルにア大学サンフランシスコ校のエリック・バーデン(Eric Verdin)教授の研究から、2010年以降明らかになってきた(6p23)。細胞の老化をコントールする長寿遺伝子、サーチュイン3は通常は休眠状態にある。けれども、カロリーを制限するとスイッチがオンとなって活性化する。そして、ケトン体を作り出していることを見出した。これは、ケトン体が作られているときにはサーチュイン3も活性化していてアンチエイジングに役立っていることを意味する(6p24)

 ケトン体とは、ケトン基を持つ化合物のことで(6p238)、脂肪酸が分解することによって肝臓で作られているアセトン、アセト酢酸、β―ヒドロキシ酪酸のことである(4p115,6p238)。うち、β―ヒドロキシ酪酸はケトン基を持たないため、化学構造上はケトン体ではないが、酸化還元反応でアセト酢酸に転換されるため、ケトン体として扱われている(2p85, 6p238)。断食をするとよく2日目くらいから身体が臭くなる。悪い毒素が体内から出ているためだと言われるが、これはケトン体のアセトンの臭である。正常値は26〜122だが、初期の断食では3000〜4000μmol/ℓが出る。そこで尿や呼気から漏れる(1p96)

 3種類あるケトン体のうち、β-ヒドロキシ酪酸は、抗酸化作用があることがバーデン教授によって明らかになった(5p24,6p238)。つまり、人体に備わっている抗酸化酵素の活性を高め(6p238)、ケトン体は老化防止に役立つ(5p25)

火事場で放火犯の汚名を着せられてきたケトン体

 これまで、ケトン体が着目されてこなかったのは、糖尿病患者の血液中で増えたり、てんかん等の神経疾患の治療に利用される特殊なイメージがあったためである(5p18)。確かに、ケトン体の濃度が1万μmol/ℓ以上になれば、血液が酸性状態となって意識障害を起こす危険性がある。これを糖尿病性ケトアシドーシスと呼ぶ(5p47)。ケトアシドーシスとはケトン体が蓄積することによって体液が酸性化した状態である(4p128)。けれども、妊婦の場合は糖質制限をしていなくてもケトン体が高いが、ケトアシドーシスは起こっていない(4p50)

 血液中の総ケトン体の基準値は26〜122μmol/ℓとされているが、これは3食以上、きちんと糖質を摂取している場合である(4p116)。糖質をまったく摂取しない食事を続けると(5p17) 4つの酵素が働き(5p37)、肝臓はブドウ糖に変わるエネルギー源として脂肪からケトン体を作り出す(5p17)。500〜1000μmol/ℓとなれば身体がケトン身体を使い始めた状態といえる(5p46)。そして、ケトン体の濃度は1000〜5000μmol/ℓ程度まで高まるが、これは望ましい状態といえる(5p47)。白澤卓二医師が実験したところ、2週目に濃度はピークとなり6000μmol/ℓまで上昇したが、3週目以降はケトン体質となって安定したという(5p56)

 糖質制限をすれば通常でも2000μmol、多いときには7000μmolにもなる(4p129)。そして、アセト酢酸、β―ヒドロキシ酪酸は強酸なためにアシドーシスになるとされてきた(4p130)。医学書でも危険状態と書かれてきた(5p48)。けれども、これはコレステロールが火事現場にいたために放火犯と誤解されたのと同じく、生命を維持するために作られたケトン体が放火犯人とされてしまったのである(5p80)

脳のメインエネルギーは脂肪だった

 George-Cahill.jpg脳神経細胞のエネルギー源となっているのもβ-ヒドロキシ酪酸である(6p238)。炭素数が4つしかない小さな脂肪酸であるため、脳血液関門を通過できる(2p85)。しかも、ハーバード大学のジョージ・ケイヒル(George F. Cahill Jr., 1927〜2012年)元教授によれば、β-ヒドロキシ酪酸はブドウ糖よりも効率がよいエネルギー源で使う酸素量も少なく、パフォーマンスが高いため、心臓の筋肉や脳細胞やブドウ糖よりも好むという(2p86)。例えば、心臓が利用するのは8〜9割がケトン体、次が脂肪酸。最後がブドウ糖である。24時間動き続けなければならない心臓にとって、蓄えがわずかしかないグルコーゲンに頼っていたら危険極まりないではないか(1p95)。脳神経系もブドウ糖よりもケトン体の方に親和性があり(4p122,4p125)、脳神経の活性化やアンチエイジングのためにも優れ(4p312,3p314)、認知症やアルツハイマー病、少児の重症てんかん症にはケトン食が効果的であることがわかってきた(4p125)。脂肪はグルコースに代わるエネルギー源であるどころか、本来の脳のメインエネルギー源だったのである(4p314)

【画像】
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【引用文献】
(1) 江部康二・宮本輝『我ら糖尿人、元気なのには理由がわる』(2009)東洋経済新報社
(2) 釜池豊秋『糖質ゼロの健康法』(2011)洋泉社
(3) 夏井睦『炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学』(2013) 光文社新書
(4) 宗田哲男『ケトン体が人類を救う』(2015)光文社新書
(5) 白澤卓二『体が生まれ変わるケトン体食事法』(2015)三笠書房
(6) 江部康二『人類最強の「糖質制限」論 ケトン体を味方にして痩せる、健康になる』(2016)SB新書
(7) 牧田善二『日本人の9割が誤解している糖質制限』(2016)ベスト新書
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